震災に負けない!岩手土産の定番お菓子『かもめの玉子』とは?

2011年に発生した東日本大震災では、多くの企業が被災し、津波により本社や倉庫が壊滅的な被害を受けた所が数多くあります。

岩手県大船渡市に本社を構える「かもめの玉子」というお菓子で有名なさいとう製菓もそんな被害を受けた企業のひとつでした。

しかし自らも被災者であるにも関わらず、さいとう製菓の齊藤社長は震災直後から避難所にお菓子を無償提供するなど精力的に動きました。

そこでここでは、岩手土産の定番であるさいとう製菓の「かもめの玉子」の魅力について伝えつつ、震災直後のさいとう製菓の様子についても述べていきたいと思います。

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「かもめの玉子」とは?

「かもめの玉子」は岩手県大船渡市に本社がある「さいとう製菓」が販売しているお菓子です。

白あんを薄いカステラ生地で包んで焼き上げ、全体をホワイトチョコレートでコーティングした卵形のお菓子であり、「さいとう製菓」の看板商品でもあります。

定番商品の「かもめの玉子」や「かもめの玉子ミニ」の他にもチョコレートクリーム入りのチョコあんをカステラ生地で包みダークチョコレートでコーティングした「かもめのショコラン」や、りんご味の「りんごかもめの玉子ミニ」などがあり、さらに季節限定の商品もあります。

その他にも栗がまるごと一個入っている豪華な「黄金かもめの玉子」や、お祝い事などにぴったりな「紅白かもめの玉子」などもあります。

実際に食べてみると、甘さが控え目で飽きがこない味となっており、岩手土産の定番とも言える商品となっています。

あの日…震災直後の「さいとう製菓」は?

2011年3月11日、大きな地震と津波が岩手県、宮城県、福島県などを中心に襲い、甚大な被害を受けました。

岩手県の沿岸にある大船渡市の「さいとう製菓」も例外ではなく、本社は壊滅的な被害を受け、また直営店5店舗と和菓子工場一棟が津波により跡形もなく流されました。

幸い社員や従業員は全員無事でしたが、自宅が津波により流失した社員も多くいました。

これだけ甚大な被害があったものの従業員や社員が全員無事だったのは、普段からの社長の危機管理能力の高さが功を奏したのかもしれません。

実は「さいとう製菓」の齊藤社長は1930年のチリ地震津波も経験しており、その時の教訓が東日本大震災の時にも生かされています。

齊藤社長は「さいとう製菓」の各事業所に、大きく「地震·津波·避難」という言葉と避難経路を掲示し、地震や津波に対する危機感と「地震が起きたらすぐ逃げろ」ということを周知徹底していました。

この社長の強い思いが、「さいとう製菓」の従業員全員を救ったと言っても過言ではありません。

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震災直後に齊藤社長がとった驚くべき行動とは?

震災からわずか2日後の3月13日、齊藤社長は自ら避難所へのボランティア活動を始めます。

営業車から抜いて集めたガソリンを一台のトラックに入れ、被害を免れた生産工場から「かもめの玉子」を運び出した齊藤社長は、各地の避難所にそれらを無償提供して回ったのです。

無償提供は3回に分けて行われ、配ったかもめの玉子は25万個にも上りました。

しかし齊藤社長はこういっています。

「25万個なんてどうってことない。商品はまた作ればいいんだから」

かもめの玉子は震災から1ヶ月後、製造を再開しました。

その後マイヤインター店をはじめ、被災した店舗は全て再開することができ、さらに新たに釜石サンマルク店を開店しました。

「かもめの玉子」が無事復活できたのは、齊藤社長の従業員への思い、そして故郷である大船渡の復興への強い願いがあったからかもしれませんね。

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まとめ

「さいとう製菓」が販売している「かもめの玉子」というお菓子は岩手を代表するお菓子であり、震災を乗り越えて今なお多くの方に愛されています。

齊藤社長や震災後にとった行動には頭が下がりますし、災害に対する備えや心構えなども見習わなければならないと感じました。

岩手を訪れた際には、ぜひ一度齊藤社長の思いが詰まった「かもめの玉子」を食べてみてくださいね。

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